寛容、理解、思いやり

過年、地元の小学校より児童の校外学習で私の集落の神社を見学したいとの連絡があった。私は快諾した。私は集落の神社の責任役員をしている。10名ほどの小学生が先生と来られた。早速、集落の「愛宕神社」の説明と、ご神体を拝観してもらった。ご神体は佛像で大人が胡座をかいた型の大きさである。
神佛混合時代のご神体である。小学生の中に1人だけ社殿に入らずに、外でさみしそうに佇んでいる。聞くと両親から社殿に入ったらダメと言われているとの事で、引率の先生も両親から言われているとの事である。信教からと思うが残念であった。

私は先祖代々、佛教徒であり、神社の責任役員も務め集落の神社の世話をしている。家の佛壇では数珠を手にお参いりし、神社では二拝二拍手一拝しお参いりしている。また、教会での結婚式にも参列している。私は神佛に対する信心が浅いのかも知れない。しかし他宗、他人への理解や寛容、思いやりが大切と思う。それは平和の原点でもある。宗教戦争ほど惨めなものはない。

50年ほど前に北陸地区の「愛農研修会」が金沢市で開催され出席した。研修の前に「佛教」についての講話があった。講師は戦時中、陸軍大学校を卒業し軍の命令で「世界の宗教」をすべて研究せよと言われ終戦まで約4年間軍務に就かず世界のあらゆる宗教について研究し、究極の結論は「佛教」が最高であったと語られた。


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