ファームサルートからのお知らせ

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私の名前は祖母や母から子供の頃に聞いたのは、父は私の祖父の萬次郎の一字を貰い萬と書いて「ヨロズ」と読む、弟の次男は次の一字を貰い晋次「シンジ」と読む、三男は郎を一字貰い悌次郎「テイジロウ」と読む。私達三人で祖父の萬次郎となる。

40年ほど前、東京で畜産関係の会議に出席し、夜は親睦会が開かれた。その時の事務局長は「晋」と書く名前であった。私は早速酒を注ぎに局長の席に行き「晋」と書いてどう読みますかと聞くと「ススム」と読むと言われた。その時「ハッ」と気づいた。
私の父は進「ススム」と言う。父は名津井家に婿養子として入籍した。長男の私に義父萬次郎の萬を名付け、次男に自分の進でなく「晋」をつけ「ススム」と読むことを知って晋次と名付けたと気づいた。三男の悌次郎の悌は字典を開くと「弟として兄に仕える」「兄弟の仲が良いこと」とあった。
父は私達兄弟3人に完璧な名をつけてもらい感謝し尊敬している。

父は20才の時、村で選ばれ近衛歩兵第三連隊に入隊し除隊後、26才で母と結婚し私達3人の兄弟を残し30才で支那事変で分隊長として参戦し戦死した。父が母に戦場から送ってきた手紙数通に「子供の教育」「子供を求む」と記している。私は農業、晋次は建設業、悌次郎は大学教授(理学博士)に進んだ。私は父の3倍も生きながら、父の足元にも及ばない。