昭和33年、私は家畜人工授精師(牛)の免許を取得し、福井市を中心に各農家の乳牛と和牛の人工授精に単車で走り廻った。ある日、国の乳牛関係機関から(県の畜産担当職員を通じ)M農家が生産した乳牛の母牛の生年月日・産次・父牛の名号など追跡調査を依頼された。担当職員は日頃のMさんの飼養管理を考えて「M農家さんはダメだと思うが」と言われた。私も同様、調査に行っても分からないだろうと思った。
そんな気持でM農家を訪ねた。するとMさんに「牛舎に来てほしい」と言われた。Mさんは牛舎の隅の壁際の汚れた新聞紙をめくって調べ始めた。年度ごとの飼養牛の一覧表が約10年分ほど重ねて貼り付けてあり、5年分程めくると記録があった。調査は完璧であった。ビックリした。何回もMさんの牛舎に入りながら、まったく気付かなかった。新聞紙は汚れを防ぐためであった。私も現在、拾数年分の飼養牛の一覧表を牛舎に保存してある。Mさんから学んだ事である。何回か乳牛の追跡調査があったが無事であった。
それ以後、各農家の人工授精に出向きながら意識的に経営管理や人生訓を勉強させて頂いた。私に無い経験や知識を得させてもらった。人はそれぞれに必ず「勝れた何かを持っている」。それを学ぶ姿勢が大切に思う。私の農家経営にも色々な人から学んだものを生かしているつもりだ。