ファームサルートからのお知らせ

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昭和三十年中頃、私が酪農を始めたころ、北海道酪農の先駆者である町村敬貴氏(先代は福井県旧武生市出身)の著書の中に『危険分散』についての記述を読んだ。

農作業場、牛舎、農具舎など、一棟一棟を離して建てることにより危険分散できるとあった。私は、別に意識していた分けでは無かったが、私の農業経営、建造物など結果的に分散させていた。

私の農業経営は、稲作、酪農、店舗(加工・直売)の三つの部門で成りたち、建造物も住宅、農作業場、牛舎、店舗も分散している。分散させると経営の効率性からはプラスとは云えない。また、一つの経営部門に集中すると、他の部門が停滞したり失敗する事がある。

それには、山の上から下を見下す様な感じで、農業経営に取り組み、総合的な判断力が必要である。時折失敗し反省する事もある。今も自問自答しながら取り組んでいる。ただ、それを楽しんでもいる。

二十七年前に牛舎が全焼した事がある。牛舎から4メートル離れて農具舎があり、中のトラクターを出そうとした時、消防長が「消し止めることが出来る、出さなくても良い」と叫んだのを覚えている。たった4メートル離れていただけで延焼を防げた。今も農具舎として使っている。

日本の大企業の海外での経営展開を、前から一国集中でなく、多数の国での経営展開が良いと思っている。そして硬軟おりまぜた手腕が必要と思う。

乳牛と出会って五十有余年、この間、育てた乳牛三百数十頭になり、福井県内で酪農歴は「年齢・経験」共に最高位になってしまった。酪農を始めた頃、日本酪農の大先輩である、金木精一先生(千葉県)の言葉に強烈な教訓を受け感動した。それは、「親に勝る子を育てよ」の一言である。今も新鮮な言葉であり、私もこの一言にこだわり続けている。

私の牧場は三十頭ほどの小さな牧場で、乳しぼりをしている。現在、すべての乳牛は自家生産牛である。自分で人工授精し、助産し、哺乳して育成する。年間、約二十数頭の子牛が生まれる。雄、雌、大体半分である。これは自然界の法則である。内、数頭を後継牛として育成している。唯、今日までの五十数年間に何十頭もの子牛の育成に失敗もして来ている。その失敗は大きな経験であり、勉強をさせてもらった。「人間社会で許される事ではないが…」

子牛の育成で一番大切なことは、生まれたら出来るだけ早く、親の初乳を充分に与える事だ。そして、清潔で乾燥した居場所にすることだ。子牛によく接し、絶対に手荒な事は禁物だ。愛することが子育ての信条である。その後、県営の奥越高原牧場で、集団生活を経験し、初産を孕んで帰って来る。

県営牧場の職員から「名津井牧場の牛は扱いやすい牛が多い」と云われたことがある。それは、子牛の頃の接し方によって、人間の考えに添い、意を介するのが早いのではないかと思う。

数年前、私は地区の「子育て支援委員会」の会長を二年務めたことがあった。会の挨拶の中で、「親に勝る子を育てよ」の事について話した時、講師の先生から「含蓄の有る、良い心情を聞かせてもらった」と云われた事があった。

また、結婚式でのスピーチを頼まれた時、最後に「若いお二人で、今日から、自分に勝るとも劣らない子を産み育ててください。そして一人と云わず、三人四人生み育ててください、それは日本の為でもあります」と結んでいる。

ある会合で、毎年長者番付で五十位内にランクされるIさんと同席した。Iさんは私より二才年長である。雑談の中でIさんは私に「いろいろと農業情報を聞くと、農業は大変で米作りも見通しは暗い様だが、名津井さんはそれでも、これから米作りなどやってゆくのかね」と問いかけられた。

農業で生活をしている私は、少々の意地と我とヤセ我慢と、それにホンネを含めて「僕は田んぼ作りが好きなんです」と一言だけ答えた。Iさんは急に口をつぐんだまま一言も云わなかった。私もそれ以上の事は云わなかった。少々Iさんの機嫌を損ねたかなと思ったりもした。

その後、何日か日がたってIさんとまた同席する機会があった時、早速私のそばに来られて、いきなり「この間、名津井さんが『田んぼ作りが好きなんだ』とひとこと云われた言葉に僕は非常に感動しました。あの感動は衝撃だった」と云われた。私はIさんのその言葉に「いやあ、どうも」と意味のない返事をしていた。

しかし、懸命に農業で生きようとする私の気持ちが、私とまったく違う分野で活躍するIさんの感性をゆさぶり、私の農業への「純粋に一生懸命」の気持ちがIさんの心に伝わった事は、大きく秘かな喜びであった。

Iさんも毎年、長者番付五十位以内をキープすることは、その道で、それ相当の努力と意地と我とヤセ我慢も含め、純粋に一生懸命の積み重ねの成果だと思っている。

今、私は最も好きな言葉が二つある。一つは親友のH君から教えられた。田園詩人、陶淵明の一句「力耕不吾欺」 農作業を力一杯やっていれば欺かれる事は無いという言葉だ。もう一つの言葉は、最近やっと辿りついた言葉だ。それは「純粋に一生懸命」という言葉である。この二つの言葉は、私の左右(座右)の銘である。
 

名津井牧場 名津井 萬

私が 名津井 萬(なつい よろず)です
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