私は5年ごとに開催される、全日本ホルスタイン共進会(人間に例えると全日本美人コンテスト)に県代表として、愛牛を7回出品した。
想い出として1985年岩手県滝沢村で開催された時の事が印象に残る。その時の開会式に常陸宮ご夫妻の、ご台臨があり、その後、各県の乳牛のご観閲があるので、各県1頭ずつ出品せよとの案内があり、私は18ヶ月の未経産牛を出品した。
ところが、各県すべて見事な乳房を付けた経産牛である。私は少し恥ずかしい想いで小さくなり、所定の位置についた。全県代表40数頭が一線に並んだ状況は見事である。
その前3メートル程の所に敷かれた赤絨毯を、常陸宮ご夫妻が大会長の各県代表牛の説明を受けられながら歩んでこられた。私の愛牛の説明を受けられた後、常陸宮華子妃殿下が私の愛牛の2、3歩前まで歩んでこられた。少し緊張した。そして華子妃殿下より、お声を掛けられた。
「何才になりますか」「ハイ、1才と6ヶ月になります」 華子妃殿下は軽く頷かれた。その時、私は何故か「2ヶ月前に種付けをしました」と言ってしまった。
華子妃殿下の表情が一瞬とまどった様だったが、すかさず華子妃殿下は「何時、産みますか」と返ってきた。私は少し慌てたが、種付けの8月から3を引いて「来年の5月に分娩予定です」と答えた。その間、無我夢中であった。華子妃殿下の品格に圧倒された。話しかけられたのは私だけであった。
終了後、愛牛を引いて帰る途中、石川県のM君が「種付けの言葉は不敬に当たるぞ」と注意された。私は無言だった。よく考えると不敬に当たるかもしれないと不安になった。ところが、私に付きそって来てくれた県畜産課のT君が、すかさず「種付けは業界用語だからかまわ無いし、華子妃殿下は理解され、何時、産みますかの一言があった」と言われ、少しホッとした。
石川県のM君は、今も時折、私の牧場をたづねて来てくれる。私の牛飼い人生の中の「ローマの休日」の様な想い出である。